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霊的な修行は彫心鏤骨?

ごきげんよう、ここ数日「秋眠暁を覚えずzone」に突入している片岡ひろ子です。

 
やっとこさ涼しい風が吹くようになってきた東京ですが、いかがお過ごしですか?

今朝も寝室にここちいい風が吹き込んできて、至福を感じていました。
 

さてさて、徒然なるままに書きます、今日も。

 
最近ねー、淡々と「行」をやってるんですよね。夜、寝る前に1時間弱くらい。

内省とか内観は反応が出る度にもちろん都度取り組んで、歩く行、聴く行なんかは日中のルーティンになってるんだけど、それとは別にね。

 

少し前までは、やはりどこかで「これ、何の意味があるんだろう?」っていうのもあったんですよ。

 

最初にクンルンの伝授を受けたのが、5年前?

そこから、行に取り組めたり、取り組めなかったり、、、

やらねばならない!でやるのも違うよなぁとなったら敢えてやらないなんていう時期もあり。

わかりやすい結果が出るようなもんでもないので、それが苦しくなったりもしてね。
 

特にマスターkan.は、その行が何のためなのかはっきり解説してくれることがほとんどないんですよ。

言葉で解説しちゃうと、その内容をパラレルに生み出しちゃう(結果をマトリックスとして作っちゃう)弊害があるからそうしてるようなんだけども、、、

「各自探求してください。」と言うだけのことがとても多いなーと。

でも、私はやっぱり思考優位タイプなので理解したい。
 
そこへ登場したのがダスカロスだったんですよね。

ダスカロスのシステマチックな学びが本当にスーッと入ってきて、頭が整理されて。。。

そうこうして読み直したシュタイナーからもまた新たな発見があったりして。
 

そんな中で、「あ、この行って、このためだったんだ!!」みたいな気づきもたくさんあってね、

「だったらやらなあかん!」

って思えて、自然と行に意識が向くようになったんです。

 
これまでに伝授された行の全てに取り組んでたら何時間もかかるので、自分が気になるものしかやらないけど、でも、ちょっとずつ結果が出てきたような気もするんですよ。

いや、結果というか、実感というか、、、

ダスカロスの言うエーテル(エーテルバイタリティ、エーテルダブル、刷り込みエーテル、運動エーテル、感覚エーテルetc.)の概念が感性を磨いてくれた感じもあります。

 

その概念だけで勝手な何かを作っちゃいけないんだけどね。

でも、その概念を礎に、ちゃんと実際のエーテルの動きを感じられるように磨いていくことはとても助けになっています。

私の場合ね。
 

暗示にかかりやすい人は、勝手にいろんな「ファンタジー」というか、「仮想空間」を作ってしまうので危険なんだけど、人によってはきちんとした理解の上でプラクティスに取り組んだ方が進歩に繋がる人もいるのではないかなーと思うのです。

 
兎にも角にも、日々いろんなワークに取り組んでいますよと。
 

んで、自分でも明らかにわかるほどに反応的な感情の噴出が減ってきています。

今までだったらイラっとしたことに反応しなくなってる。

 
昨日も夫ジョージと、この数年で随分と遠くまで来たねーと感慨に耽っておりました。

お互いを鏡に、自己を磨きあってきた一番のバディですからね、ジョージは。

 

8月に入ってから、ジョージの中にあった大きなエレメンタル(想念形態)が成仏した感じがあり、フェイズが変わった雰囲気がモリモリと湧いているのです。

 

「これからどうなっていくんだろうね、、、」

 

と、期待の込もった眼差しでジョージ氏が呟いておりましたよ。

彼の一時的なパーソナリティを支配していただろうエレメンタルが成仏したことで、本当に大きく変わるんじゃないかな、彼の体験する世界が。

かくいう私も、ここ2〜3ヶ月での変化がとても大きいのですよ。

6月、ダスカロスに出会う直前くらいから、なぜかエレメンタルが自分とは別の生き物のように感じられてきたっていうのが大きいんだけど、もっと大きいのは、短期間にダスカロスやシュタイナーの本を読みまくったことで、そのバイブレーションにアチューンメントしてる時間が長くなった影響でだいぶ「温和」になったなと。

 

「一切の神秘修行の主要手段の一つは温和さ」にある。「厳格であることは霊眼を目覚めさせるべき魂的構成体を彼の周囲から追い払う。温和であることは彼のために生涯を取り除き、彼の器官を外へ向かって開かせる」

「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」 R・シュタイナー

 

ってことで、シュタイナー先生もおっしゃってますが。。。

しばし、アンチ似非スピに偏って、ちょっと厳格な方に偏っていたんですね、私。

仕事の面では、どうしても「きっちり精を出して奉仕すべし!」と厳格に傾いてたしね。

それがいい加減に中庸を取り戻してきたというか。。。

昔ね、ミクシィネームで「ぴろこ☆女神」って名乗ってたんだけど、なんでかっていうと、女神だったらどうするかなーっていうのにアチューンメントするためだったのね。

今見るとちょっと痛い感じもあるけどw、でも、間違えていなかったなーと思うのですよ。
 

あの頃は、今とは逆に「ワクワク」とか「浮かれポンチ」とかに傾いて、きちんとさん達を解放してたノリもあって、ある種の温和だったと思います。

来るもの拒まず、オール受容!みたいな。

でも、それだけじゃダメだった。大変な目にたくさんあったのですよ、それをし続けて。

それによって、その逆も体験することになった。

きちんと見極めなきゃならない。来るもの拒まずじゃいかん。なんでも受容すればいいって話じゃない。

自分を厳格に傾けることで、審美眼というか、必要な判断をするための見極め力を手にして行ったのです。

とはいえ、厳格に傾きすぎると、それはそれで辛くなってくるんだよね。

 

相変わらずです、私の「彫心鏤骨」っぷりは。

ちょうしんるこつ【彫心鏤骨】

〔心に彫りつけ骨に刻みこむ意〕
苦心して作り上げること。苦心して詩文を練ること。ちょうしんろうこつ。

大辞林 第3版

 

話は戻って、、、

本質の自分が顕現していない以上、すでに本質を生きているマスターたちにアチューンメントするというのもすごく有効だと思うんだよね。
 

だから、読書はオススメです、マスター達にアチューンメントしながらのね。

ぜひ、シュタイナーやダスカロス読んでみてほしいなと思います、本質に還りたい!という想いがある人にはね。

 

そうそう、そういえば、ちょっと前にジョージとの間で流行ったのが、「こんなマスターは嫌だ!シリーズ」www

 
「字が下手だ」

「すぐに舌打ちする」

「宝くじを買っている」

「酒に呑まれている」

「弟子の胸の谷間が気になる」

「2chで自分の名前を検索しちゃう」

「ビットコインのチャートが気になる」

とかとか、、、www

 
いやね、それらが悪いってわけじゃないんだけど、こんなマスター嫌だなーって思うような事柄って、多分ちょっと低次の欲望に関わる感じなんだと思うんだよねw

 
そんなわけで、自分自身の内省とか内観とは別に、マスターだったらどんな感じかなーってシミュレーションするのもいいんじゃないかなーと。

アチューンメントできる人は、ぜひアチューンメントを。
 
アチューンメントって、あれよあれ、「波動調整でやる観察」を使うと簡単です。
 
簡単って、もちろんできる度合いは人によって違うんだけれども。

波動調整では、主に肉体のエーテルダブルを観察してるけど、同じ原理で感情や思考も観察できるようになります。
 
とはいえ、あまりそれを過信しないでね。

それこそ、「チャネリング」とか「リーディング」とかを商売にしてるマスターなんて嫌だからさーwww
 
この辺りの観察の仕方、アチューンメントの方法、自分マスター講座&道場 でも扱って伝授していきますよー。
 
 基礎からちょっとずつ積み重ねていくので、どうぞ焦らずにコツコツ一緒に学んでいきましょう。

 

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