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エゴの声を聞いたらどんでん返し

ごきげんよう、探求者の片岡ひろ子です。

現世利益系スピリチュアルの蔓延る浮世とは一線を画した本質をお届けして参ります。

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先日、ちょっとした事件がありました。

夫ジョージとともに友達夫妻から取材を受けていた日のこと。

 

話の流れで、それぞれの夫たちが靴下脱ぎっぱなしにしたり、

鼻をかんだティッシュを捨てずにあちこちに置いたままにしたり、、、

 

あるある!あるよねー!!ってな話になったのです。

 

でね、そのことに対して、ジョージが、

「俺はべつにティッシュがあちこちに散らばってても気にならないから、全然いいんだけど、

それが気になるひろ子さんへのホスピタリティとして片付けてあげてるんだよw」

的なことを言い、、、

 

とにかく、それがカチーン!と来たわけです。

なので、その場でも「何その言い方?ムカつくぅ!」って口にも出したんだけど、

しばらくそのことがモヤモヤ収まらなかったんですわ。

 

で、ジョージむかつくなぁ、、、って言うモードのまましばらくそれを味わってたんだけど、

なかなか過ぎ去っていかなかったので、翌朝、朝風呂に入った時に、頭の中の言葉を外に出してみたのです。

 

鼻をかんだティッシュをあちこちに置いてあるくうちの夫。
それを拾って捨てるのは私へのホスピタリティだと。
私のためにやってあげているのだと。私を喜ばすために。
なぜなら、自分は使ったティッシュが散らばっていても気にならないからと。
 
それを得意げに友達夫婦に話している彼をみて、私はなんでこの人と一緒に暮らしているのかな?と一気に醒めてしまった。
 
どうせ喜ばせてくれるなら、ほかにないのかな。ティッシュをゴミ箱に入れるとかじゃないこと。
 
この数年でガッカリさせられることに慣れすぎて麻痺していたのかもしれない。
 
大概のことではもはやガッカリしないでいられるようになったから、もういいんじゃないかな、この修行。。。
 
一緒に暮らしていて、普通に嬉しい❣️楽しい❣️
 
心地いい❣️そう思える人と暮らしたい。
 
そういう価値観の人と一緒にいられたらいいな、、、切実にそんなことを思ってしまった。
嫌なことを受け容れるとか、諦めるとか、手放すとか、期待しないとか、、、そういうワークはもうしなくていい。
 
それを自分に許してあげたい。
 
嬉しいこと、楽しいこと、心地いいこと、それを自分の生活に溢れさせたい。

 

実際、身近で私たちを見てきた友達は、「ぴーちゃん、本当によくやったよ!」って言うくらい、

いろんなことを受け容れてきた。

受け容れてきたというか、諦めてきたというか。。。

がっかりすることが日常で、何か嬉しいことをしてもらおうと期待することはもうなくなってきていたこの数年。

 

そんなにたいそうなことじゃないよ。

 

自分で使った食器をすぐに洗ってくれるとか、

最後に食べきった鍋を洗っておいてくれるとか、

頼んだお遣いを忘れることなく買ってきてくれるとか、

なんかそういうこと。

 

もう期待しない、、、って思ってたけど、奥の方ではそれを望んでたんだよね、きっと。

だって、自分の声を書いてたら悲しくなってきちゃって涙がポロポロこぼれてきたから。

 

そして、いろいろと蓋してたことがたくさん思い起こされた。

 

どこか旅行とか楽しいところに行く計画を立てて欲しいとか、

運転してあちこち連れて行って欲しいとか(ジョージは免許持ってない)、

誕生日にプレゼントくれたり、お花を買ってくれたりして欲しいとか、

生活のもろもろを心配することなく任せきりにしたいとか、

表面的には「もう、どうでもいい」と思っていたようなこと。

 

もっと甘えたいし、もっといろいろして欲しい、私が家族にしてきたようなこと、今度は私がされたい!

 

そんな風な思いが溢れてきて、悲しくなって、お風呂でポロポロ泣いてたら、なな子がやってきて、ままなんで泣いてるの!?って。。。

 

「悲しくなっちゃったんだ。」

 

それでジョージも何事かと思ったのか、覗きに来たんだったかな。

なんかのタイミングで、書いたものを見せて、私、なんかおかしいかな?って聞いたら、「ううん。いいんじゃない。」って。

 

書いて、泣いて、ジョージにも晒して、、、をしていたら、なんだか落ち着いてきて、午前中は普通に過ごした。

午後、友達が来て、友達にこの話位を聞いてもらったら、「もう飽きたんだね💕」って。

 

うん、そうだと思う。

もう飽きちゃったんだな、こういう毎日に。

 

その友達は、前々から「ジョージの後がある!」って言ってたから、「やっぱり!」と思ってたのもあってねw

しばし、あーじゃないこーじゃないをいろいろ話して、まー、なるようになるよねと。

 

二人とも離婚経験、再婚経験があったから、なんだかわからないけど、パートナーチェンジする時はするんだってことを経験してる。

 

なんていうか、その相手との間に経験することになってたことを終えると、何やら出来事が起きて、人間関係のシャッフルが起きるんだよね。

 

でね、これはジョージを嫌いになったとか、ジョージを許せないとか、そういう話ではなくって、ジョージはどうでもよくって、、、、

 

そのことも二人はわかってたから、話がちゃんと通じて心が晴れやかになった。

 

その後、、、、

 

あれ?なんだろ?

なんか、ジョージとの距離が近い。

これまでもそれなりにラブラブだったと思うけど、その比じゃない。

 

お互い、お互いを愛おしいと思う感度が高くなってる!?

 

なんなんだろうか?

スキンシップもいつもより密だ。

 

多分、9年一緒にいるけど、今までで一番近い。一番密だ。。。ギネス記録!w

 

うーーーーーーーーーん、、、、www

 

という過程を経てようやく認識できるわけです。

私が飽きたのは、自分に対して「〇〇でなければならない」と課していた重圧だったことに。

 

それをジョージが教えてくれていたんだよね、何年もの間。

 

自分で使った食器をすぐに洗わなきゃいけない、

最後に食べきった鍋を洗わなきゃいけない、

頼んだお遣いを忘れることなく買わなければならない、

ホスピタリティでゴミを捨ててやってるとか言っちゃならない、

 

なんか、そういうどうでもいいことを自分に課してきたし、当然相手にも求めてきた。

なのに、相手に期待してはいけないとか、手放さなければならないとか言って、自分の首を絞め続けた。

 

自分を愛するどころか、自分を責め、首を絞め、いじめ続けてきたことに飽きた。

 

そのことに飽き飽きして「もうやめた!」ってエゴが観念したのが、書き出した内容だったんだなとw

 

 

一緒に暮らしていて、普通に嬉しい❣️楽しい❣️
 
心地いい❣️そう思える人と暮らしたい。
 
 

 

これって、自分のことじゃんねwww

ウケるわ。

 

普通に嬉しい、楽しい、心地いい自分。

 

身につけてきた当たり前の重圧を解いてそんな自分でいることを許した途端に、愛が溢れてくる。

 

頭じゃわかっていても、自分ごととなると体験がやってくるまで気づかない。

場合によっては、体験が来ても気づかないで次の人に乗り換えるような人もいるんだよね、きっと。

 

人様に自分の頭の中身を書き出すのは大事ですよーって言い続けてきていることをちゃんと自分でもやったのが良かったなと。

 

自分が身につけてきたエゴイズムは、頭の中で考えるだけじゃ見破れないの。

 

だから、書いて出す。客観視できるように外側に一旦出す。

そして、それをジャッジせずに眺めて味わう。

 

すると、自然と握っていた手が開かれて、握りしめていた様々な条件がどこかへと雲散霧消する。

そして、握っていたことが心底どうでもよくなって、無条件に近づいていく。

 

よく、龍一郎と「無条件の愛って変な言葉だよね。」って話すのだけど、本当にそう感じる。

愛は無条件でしかない。

 

私たちは、条件を課したり、怒ったり、悲しんだりも許されてるし、愛じゃないものを体験するのも好きなだけ心ゆくまで味わうことができる。

 

そんなことができるのも、私たちが無条件の愛の中で生かされているからでしかないんだよね。

そこからは離れようがないし、いつかはそこへ顕在的な状態で共振するしかないのだろうなと。

 

そういうわけで、ジョージ、ごめんね。ありがとう。愛してます。

 

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