過去には何度か書いたことがあるけれども、ふと今朝思い出したので書いとこう。
夢に父が出て来て何やら怒ってたからwww(自分が注目されないって怒ってた感じだったな、孫の龍一郎に向かって)
今、個人セッションや自分マスターゼミでやってるような、脳内の観念に気付いて観察するワークは2008年くらいから扱っていて、大元は津留晃一氏のハートロケット。
そこから試行錯誤して、今のカタチになっていったのだけど、自分がそのワークに取り組んでいた時に出て来て驚いたことがあったのです。
今もそうかもしれないけど、インナーチャイルドとかさ、いわゆるセラピー業界みたいなとこだと、私たちが癒されてないのは子供の頃に満たされていなかったからだみたいな物言いがあるでしょう?
認めてほしかったのに認められなかったとか、愛されたかったのに愛されなかったとか、、、
でも違ったんだよね。
そんなんじゃなかった。
自分が人を喜ばせようとしたり、なんかすごいと思われることをしようとしたりしていたのは、両親を笑顔にしたかっただけだったの。
パパとママに笑っていてほしかっただけ。
私は小さい頃はめちゃくちゃ泣き虫で、それで「ぴーちゃん」と呼ばれるようになったのだけど、小学高学年になる頃にはあんまり泣かない強い子に育っていった。
それは自分を認めて欲しいからじゃなくて、両親に幸せでいて欲しかったからなんだって思い出したんだよね、15年前くらいに。
で、、、
その時に分かったことは、わたしが強くなろうが優秀であろうが親の幸せには関係ないってこと。
人は外側の条件で幸せになったり不幸になったりしない、本質的には。そういうもんじゃないって理解した。
それぞれがそれぞれの奥と繋がって、本質を体現して生きないことには本質的な幸福はもたらされない。
そう理解したからこそ、パパとママが怒ったり悲しんだり観念に囚われている状態もゆるせるようになった。
それは彼らの人生の話であって、私の人生の話ではないと明確に理解した。
だからこそ、自分の子供の人生も同様に私の人生ではないとも理解できた。
とにかく、私は私の本質を生きるためにここにいるって解って、そう在ることが両親にも子供たちにも一番影響を及ぼすことだし、その波紋は家系を超えて伝わっていくんだと理解した。
それで本質に還るガイド、サポートを提供しつつも、自分もリハビリをしてきて、やっと、本当の還元のモードに入ったのが2020年の1月くらいから。
そう、でね、きっと多くの子どもたちは「ぴーちゃん」と同じように親に笑ってて欲しかったんじゃないかと思うのです。
怒られたくないとか、認められたいとか、褒められたいとか、、、そういうのはカルマ的な役が完成してきた時に脳内でドラマを再構築して思い込んだだけで、まだボディに降りてきたばっかりの頃はbeingの方でいられたんじゃないかと思うのです。
みんな、愛を体験しにこの二元の世界にやって来たんだろうから。
無極では愛はわからないから。
分離して、でも、本当は分離なんてしてなかったって気付くことが愛だから。
そう考えると分離という幻のにも感謝だわ✨☺️
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