1「自然とハナが集まります」

nose

これは画家の友人の個展に行った際、プレゼントとして手渡したものです。

絵と植物の生み出す空間が彼女の個展で、自然と植物をいただくことが多いのだそう。そんな話を聞いていたので、、、コレです。

SNSでの「喜んでくれたのでしょうか?w」という問いには、笑っていたという事実しかわかりません。と答えました。

みなさんは変なものを人に押し付けないようにしましょう♪

 

2「(あ、大丈夫です。気にしてないので)それ、麻痺させてるだけやで」

Paralysis-of-sensation

あゝ

天使の声が聞こえる。

僕のハイアーセルフが、抑圧した僕を解放しにやってきたようだ。

この声を聞き入れれば、楽になれるのかな・・・。

だったら、それもいいのかもしれない・・・。

 

だが断るッ!!!!

 

ってしていると、そのうちエゴに取り込まれちゃうゾ♪

 

3「あの、、今月の分です。」

post

これはポストカードの定期配送サービスの表紙に使った絵ですな。

その時申込んでくれた方には今でも配送してますが、もう新規申し込みは締め切っておりますです。絵が欲しい人は、画集をよろしくね♪

 

4「おめぇは後悔しねぇ様に・・・な。」

regret

じいちゃんは自己犠牲の精神で、人に尽くす人だった。自分を顧みず人に尽くして、尽くして、尽くして。だからこそ、村でじいちゃんは人気があった。でも、そんなじいちゃんを見るのがオイラには辛かった。

もっと自分を労わってほしかった。そんなじいちゃんも、ある日病気になって人に尽くすどころか、世話をしてもらわないといけなくなった。

それからのじいちゃんは昔にも増して自己嫌悪の塊のようで、介護されるのも嫌がる始末。そう、じいちゃんが人に尽くしていたのは自分には価値が無いから人に尽くすことで、価値を見出そうとしていただけだったんだ。介護される立場にある自分と与えられない自分の価値の無さを痛感する二重苦。

他人を労わるという傍からは一見良さそうなことでも、その行動の源泉がどこにあるのかによって良し悪しは一変してしまう。

少なくともじいちゃんにとっては、価値のない自分という思い込みから逃げるために人に尽くしていただけだったんだ。そして病床でじいちゃんは最後にそんな自分を受け容れてオイラにこう言ったんだ。

「おめぇは後悔しねぇように・・・な。」

どんなに自分を受け容れ、自然体になっても時期が遅すぎた。じいちゃんはそのまま逝ってしまった。

オイラはその言葉を胸に刻み、自分の弱さから逃げない人生を生きると決めたんだ。

 

というストーリー。