ごきげんよう、バスチー大好き片岡ひろ子です。
あなたを愛する人を憎むことは、悪魔的。
あなたを愛する人を愛することは、人間的。
あなたを憎む人を愛することは、神聖である。ジョシュア・イマニュエル(イエス・キリスト)
これさ、自分の中に、ちらりとでも良心が感じられる人ならば、
「そうだよねー」
と同意してくれるんじゃないかと思うんだけど、みなさん、どうでしょう?
本質の私たちならば、100%同意するであろうことなのに、
これを実践するのが難しいのはなんでなんでしょうね〜。
ダスカロス、曰く、、、
傷つく、腹を立てるといった感情は、自分自身を罰することに他なりません。謝ってもらいたいという思いは、巧妙なエゴイズムの反応です。
エソテリック・プラクティスより
ってことなんだけれども、意味わかりますか?
つまり、傷ついたり、腹を立てたりしてるものの正体は、
私たちの本質じゃないってことなのですよ。
「エゴイズム=人格としての私たちが作り出したエレメンタル」ですので、
私たちの存在そのものでもありませんね。
とはいえ、一時的な人格というのは、そのエレメンタルの総体で出来上がってるといってもいい。
けれども、そのエレメンタルと自己同一化しちゃうのが問題なので、自分の一部だと思わない方が取り扱いは楽になります。
実際、エレメンタルはひとつの生命体として目的を持って働く存在。
私たちからエーテルバイタリティ(生命力、気)を奪いながら、私たちを乗っ取っていきます。
乗っ取られてる人は、もはやそれを自分自身だと思い込んでいる、、、
エレメンタルの反応=自分自身だと信じて疑わないので、
その反応を呼び起こした外側の何か(人や物、状況など)を敵とみなすのですね。
うーーーん、厄介!!!w
本来的には、その反応を呼び起こしているのは、外的な影響ではなくて、
自分の中に巣食っているエレメンタルの存在なので、
敵と呼ぶのにふさわしいのは、自分が作り出しているエレメンタルの方なのですよ。
でも、でも、そんなエレメンタルさえも、実のところ敵ではなくて、、、
私たちが本質の自分と同一化していくための道しるべみたいなものなんですよね。
そういうわけで、まずは「汝の敵を愛せよ!」
これ、普通の意味でね。
外側であたかも自分に危害を加えたように見える相手を愛せよってことです。
なぜならば、自分の中に潜んでいるエレメンタルを顕在化させてくれたから。
この仕組みが腑に落ちると、本気で「ありがとう!」って思えます。
で、さらに顕在化されたエレメンタルも愛してください。
なぜならば、エゴイスティックなエレメンタルのおかげで、
相対性の世界を経験することができたのだから。。。
それはつまり、「私は私!」という確固たる感覚を養うために必要なものだったのです。
でも、一旦分離を味わうことで「自己意識」が育ったのならもう要らないでしょう、
そのエレメンタル?
エレメンタルちゃん、今までありがとう!
でも、もう、そのエゴイズムなくても大丈夫。
私は私って認識できるようになったから♪
そう言って、餌をあげることをやめて、そっと地球の潜在意識に返してあげてください。
と、簡単に書きましたが、これがサクッとできるようになるのは、
なかなか骨が折れますよ、ぶっちゃけ。
何度も何度も傷ついたり、怒ったり、憎んだり、悲しんだりしながら、
ひとつひとつ丁寧に自分のエレメンタルをチェックして、
さようならしていかなければならいんですから。
そういう意味では、まずは自分が感じてるネガティブな反応に正直であることが重要ね。
それを隠しちゃってると、なかなかエレメンタルが顕在化しないから。
いい人ぶったり、うまくいってる人ぶったりするのはもうやめましょう。
そしてね、繰り返し、何度もネガティブな反応と向き合うことによって
エレメンタルを浄化していくとね、意識しなくても、
一見敵に見えるものを自然と愛せるようになっていくんですよ。
私の場合は、愛というか、慈悲に近いんだけども、、、
自分に向かって噛みついてきた人がいたとして、
あぁ、この人は苦しくて、悲しくて、本当に辛いんだな、、、って、
自然にそう感じられるようになってくるんです。
なんちゃって、、、、まだまだ
「おい、コラ、ざけんなよっ!!!」
って思っちゃうことも起こるのかもしれないけれどw、
内省、内観を続けてきた成果として、周りがどのようであろうとも、
平安を感じていられることが増えたなーと感じる今日この頃なのでありました。
内省とか、エレメンタルのこと、無料メール講座で詳しくお伝えしてるので、
よかったら受講してみてくださいな。
ちなみに、、、アイキャッチは第13使徒バルディエルだよー。
粘菌状で、接触した人とかモノに侵食するんだってー。
エレメンタルみたいだね💕w
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