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クンルンネイゴン

ごきげんよう☆

世界にカタルシスをもたらすカタリスト=触媒☆片岡ひろ子です。

週末の2日間、夫のジョージと一緒にkan.さんのクンルンネイゴン序を受けてきました。

主催のvoiceによると、クンルンネイゴンとは。。。

 

★不立文字の世界

「クンルンネイゴン」は「道」(タオ)と一つになるために秘かに伝えられてきた秘法です。

これが歴史に登場するのは、3世紀のこと。その実際の起源は、さらに遡ります。
その伝承は、今日に至るまですべて口伝によるもので、その奥義は、ある水準を超えなければ伝わることはありません。

現在、この奥義を伝承体得体現しているのは、Max Christensen師、Kan.師二名のみです。
「クンルンネイゴン」の最も大切なことは、言語化することができません。二人の著作も「各々が自得することがすべて」という結論が行間からにじみ出ています。

今回の序は序であってレベル1ではないとkan.さん。

レベル1とか2とか3とかっていうのは、言うなればカリキュラムだと。でも、今回の序は序で、参加者とのコラボレーションによってライブで内容も変わっていくというお話でした。

実は、私、クンルンネイゴンを受けるのは初めて。

4年ほど前から名前は知っていたし、説明会にまで出てたんですけどね〜。kan.さんに会いたかっただけでクンルンには申し込まずw

その後、ジョージと二人でkan.さんの個人セッションを受け、1回だけクンルンではないワークショップに出たことがあるだけだったんです。

今回kan.さんに会うのは約3年ぶり。

久々にお会いしてご挨拶したら、kan.さん目を丸くして

「ふわ〜〜〜っとなったなぁ〜。。。」

と、しみじみとおっしゃってくださいましたw。

「ジョージも元気?」と、ちゃんと名前覚えてくださいました。たくさんのたくさんの人に会うだろうにすごい記憶力。。。

そう、そんなわけで、クンルンがどんなものなのかは人から聞くだけだったので、当然レベル1も知らないし、今回の序とレベル1の何が違うのかはわかりません。

けれど、今回の序が素晴らしいものだったことだけは間違いありません。

こんなに惜しみなく宝物をたくさんくれちゃっていいの???っていうくらいたくさんのお土産をもらいました。

その場でのkan.さんとの交流はもちろんのこと、これから私が本当の私に還っていくために必要な行をたくさん授けていただきました。

これ、4年前の私じゃ何がすごいのかわからなかっただろうなと思うのです。

私自身もいわゆる奥伝とか秘伝とか言われているようなワークを波動調整(R)講座の上級でお伝えしているのですが、voiceの説明にあるように「奥義は、ある水準を超えなければ伝わることはない 」んですよ。

教えたから、教わったから、、、といって伝わらない。

そういう世界があるのだということはこの4年自分が波動調整(R)を実践し、教え続けてきたことでようやくわかってきたように思います。

とにかく、クンルンをはじめ、伝えてもらった様々な行はめちゃめちゃシンプルなものばかりなのです。でも、だからこそ奥が深い。。。

実践し続けた人にしかわからない「奥」があるのだろうと思います。

波動調整(R)でお伝えする奥伝、きっと続けている人はほぼいないんだろうとなぁ。。。シンプルすぎてその価値がわからないから続ける価値もないということになっていくのですよね。(続けている人がいたら是非連絡ください!!続きがいろいろあります!)

それはそれでいいんです。

なんでもタイミングというものがありますから。

種をまいても芽が出るのはタイミングであり、誰かが芽を出させられるわけでもないのです。

そういう意味でも今回は私たちにとって「そのタイミング」だったのだろうと思います。

4年間、自分の内側とそれなりに向かいあい続け、身体と対峙、感覚と感性もそれなりに磨いてきたからこそ、価値がわかるというか。

クンルン習ってもやってない人もきっといっぱいいることでしょう。波動調整同様ね。

それはさ、価値がわかってないからなんですよ。仕方がない。

なまじっか、私たちのマインドは小狡くなってますので、価値があると判断しなければ取り組めない。

自我はね本質の自分に還られてしまったら溶けちゃうから、そうならないように余計なことには手を出さないようにしっかりガードしてますしね。生まれてこのかた、本当の自分を生きないようにするための洗脳されまくりだから。。。

だからこそ、秘教とか奥伝とかって一般に広くシェアされるようになっても、本当の意味では伝わらないのだと思うのです。ネットに書こうがあちこちでワークショップしようが、伝わりゃしない。受け取る準備ができている人に伝えなきゃ、伝わらないのです。

行の内容についてはもちろんシェアしませんが、一つ面白い話を。。。

kan.さんがコンパスで描く円の話をしたんですよ。

子供の頃にコンパスで円を描いてね、その中心にプツッと開く穴が、あれは中心点ではなくて面じゃないかと先生に喧嘩売ったんだと。。。(あたしみたいな子供w)

そうしたらその先生はもっと細い針を持ってきたんだとかwwwww

でも、その針で空いた穴も顕微鏡で見れば面だよね?と。。。

そう、そうなんですよ。

みなさん考えたことはありませんでしたか?

私は考えました。1次元である線を引いたら、その線はもはや線ではないと。。。線として目に見えてしまったら、それはもう面じゃないかと。。。2次元だよねと思っていたわけです。

面もまたそうで、なんかの紙を2次元っていってもさ、厚みはあるんだからもうすでに立体なんだよと。

点が連続して線になる?点ってなんなんだよ!?って話ですよ。

kan.さんは話を結論付けませんでしたが、私なりの瞑想でかんじたのはね、円を描くための中心点というのは私たちの通常の五感では捉えることのできないものなんだってことですよ。

は、はぁ、、、そうですね。

って感じかな、、、それとも、うぉーーーー!ってなった?w

私の中ではかなりのアハ体験でした!!そういうことか!?って。

 

最近の記事でコマの話を書きましたけど、コマが回っている中心点も同じことです。

じゃ、私たちのセンターは?

有と無も超えたところにあるゼロ。

この週末のワークショップでは、その片鱗をほんの微かに捉えたような気がします。

でもね、これもさ、体験でしかないので、全く同じものを書き表すことはできないのですよね。点を描いたら面になっちゃうように。。。

とにもかくにも、そういった類ものは「間にある」んだろうと思うのです。

例えてみるならば、線は面と面の間にあるもので、線としては認識できないみたいなね。でも、面だって純粋な面は立体と立体の間にしかないから、それだけでは捉えられないんですよ。通常の感覚では。

kan.さんに伝授してもらった行を続けていくと、そうした五感では捉えられない、何かと何かの間にあるものを観る感性が育っていくのだろうと感じています。

頑張らずに頑張って取り組んで、次の「破」に臨もうと思います。

あ、そうだ、それで思ったのがね、本質に還っていくというか、その円の中心点のような源に通じていくのって、次元が上がるの?下がるの?なんなのよー?ってなりました。

ほら、いわゆるスピリチュアルの人たちはアセンションで5次元行ったらどうのこうのってよく書いてるでしょ?

源っていうか、タオっていうかがある方向って、別れたものが集約されてる方向じゃないのかな?

まー、0だからこそ無限になるのだけど。。。そういう意味では上とか下とかの方向性もないのか、、、

でもさ、例えばグルジェフの水素論的には、数が少ない方が次元が上でしょ?

1が3になって、3が6になって、、、、私たちの通常意識が48で、大天使レベルは6とか。。。

もちろん、数字のカウントの仕方というか、概念が違うのだろうけど、よくいう5次元ってどういう状態なんだ???と思い、いろいろ検索してみたけど、わたしが知りたいところは書かれていない。

ということで、どなたか教えてくださいな☆

大元につながることがアセンションではないのかと、その場合の大元は何次元なのかって。。。

あ、これは真実を知りたいとかではなくて、どんな考え方をしているのか知りたいというちょっとした好奇心です。

本当のことを体験するためには、しっかり行を積みますのでね。それは、誰かに教えてもらうようなものではなくて自分が体験することだから。

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カルマってなんだよ!?その2

ごきげんよう☆

世界にカタルシスをもたらすカタリスト=触媒☆片岡ひろ子です。

 

増し増しでぶっちゃけている本日。

カルマってなんだよ!?その1

の続きをお届けします。

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