意識を幽閉しちゃう?


今日もメルマガの転載です。

 

 

「貴方が洗脳から目覚め、true natureへ還る触媒となります」でお馴染みのカタリスト片岡ひろ子です☆

 今日はちょっと難しい話になるかもしれません。

ヌーソロジーってご存知ですか?

超簡単にはしょると自分自身と宇宙とその仕組みを理解しながら、

私たちが当たり前だと思ってしまっている感覚を瓦解、変容させていくための学問かなと。

詳しくはこちらね。

http://noos-academeia.com/

で、ここの主宰の半田さんと数人の人がコラボをして壮大な書物が出版されることになり、

喜び勇んで予約したのが、つい最近のこと。

シュタイナー思想とヌーソロジー 物質と精神をつなぐ思考を求めて

 

この本の装丁の原画がマシマシで、CGで編集したのが福ちゃんことアニマンダラの福田博之氏ということで、

私が興味を持ってウォッチしている人たちが関わっているのも興味深くてですね☆

もちろん、シュタイナーの人智学もずっと興味を持って浅いながらも学んできたし、

ヌーソロージーはここ2年くらい私の中では一番ホットなテーマなのです。

そのヌーソロジーの半田さんのフェイスブックにこんな投稿があったんです。

===

半田 広宣

●まずは「永遠」の決意のもとに、そのキャンバスを開くこと。
 
記憶には二つの種類がある。ベルクソン的に言うなら、それは追憶的記憶と収縮的記憶ということにでもなろうか。追憶的記憶は文字どおり思い出されたものであるが、収縮的記憶とは、思い出されたもの自体の記憶である。言い換えれば、物質自体がその内部に持つ記憶。
 
誰もが、心の奥に後者の記憶を持っている。
 
「思考が力を持つ」というのは、思考が物質を作り上げる力を持つという意味だ。そして、これは引き寄せの法則などで言われているような「思考は現実化する」といったような意味では決してない。両者はむしろ正反対の性格を持つ。決して混同しないように。
 
追憶的記憶においては、持続空間は記憶の容器として働く。しかし、一方の収縮的記憶においては、持続空間は創造的運動体として働く。追憶的記憶はこの創造的運動体を自らの器の中に映し出し、物質として記憶する。持続体の円環はそのようにして閉じている。
 
すべては記憶、とはそういうことなのだ。この円環を見出すことができれば、世界から外在という概念は消滅する。
 
ヌーソロジーではこのような円環をケイブユニバース(cave universe)と呼んでいる。
 
ベルクソンは「物質は記憶である」とし、物質と精神の垣根を取り払おうとした。しかし、追憶的記憶と収縮的記憶の差異を今ひとつ明確にしていない。追憶的記憶のための容器となる持続空間と、創造的運動体としての持続空間には絶対的差異があるのだ。この差異が、時空では素粒子と元素の違いとなって現れる。
 
その意味では、人間が現在、思考と呼んでいるものは、時空と追憶的記憶の間を反復している意識の産物ということになるだろう。これはこれで善いとして、別に、収縮的記憶の場で営まれている思考が存在している。それがヌースだ。ヌースをたまに反-思考と呼んでいるのも、そのためだ。
 
今の僕らに決定的に欠如しているのは、こうした収縮的記憶の場に対するイマジネーションなんだよね。それは厳然として物質として生成しているにもかかわらず、それを時空の中に見てしまい、追憶的反復の中に閉じ込めてしまうものだから、思考が生きた物質の中に入れないでいる。
 
当面は、ヌースが活動している創造空間のイメージを精神に呼び起こすための試行錯誤が、あーでもない、こーでもないと、続く感じになると思う。とにかく、まずは、永遠を決意して、自分の中にそのキャンバスを開くことが重要なんだ。今度のシュタイナーとのコラボ本も、僕のパートはそういう試みの一つして書いた。物質を創造している全く異種の空間と、そこに働く知性というものが実在している。これは決意なんだよ。

 
画像お借りしてます。。。
 
===
 
 
で、私が投稿をシェアする形でこう付け加えました。
 
 
===
 

「思考が力を持つ」というのは、思考が物質を作り上げる力を持つという意味だ。

そして、これは引き寄せの法則などで言われているような「思考は現実化する」といったような意味では決してない。

両者はむしろ正反対の性格を持つ。決して混同しないように。

 

私が伝えたかったのはこの部分だったのだな、引き寄せに物申すシリーズでね。

この文章がわかる人は大丈夫。わからない人は引き寄せに慎重になることをオススメします。

あ、もちろん、マトリックスをドンドン創ってそこに閉じ込められていたいなら止めはしないんだけどね。

それがスマルに閉じ込められということなんだと私は理解してるんだけども、、、

スマルって源と真逆の方にあって、つまり創造の逆方向。虚無方向。

この現象世界で虚像である物質世界に取り憑かれちゃうと虚無っちゃうよ、ってことだろうと。

だからさ、引き寄せ引き寄せといって物質的に何か手に入れようって方向性は我々を退化させてるんだよ。

でも、それが極まって反転するならいいよね。

だから、飽きるまでやってもいいと思うのだけど、賢い人はちょっと立ち止まって考えたらわかると思うんだよね。。。

===

スマルっていうのは、ヌーソロジーの中でてくる概念のひとつで、上に書いているように創造の源真逆にある概念。

私個人の解釈ではルシファーというか、闇というか、分離というか、ディセンション方向というか。。。

というと悪いものに聞こえちゃうけど、

これがないと私たちは創造の源(ヌーソロジーではオリオンと呼ぶ概念)の方に向かえないから、大事なものではあるのですよ。

本質の方向ではないものだけどね。

ちなみに私たちがいる世界はプレアデスと呼ばれ、オリオンとプレアデスの間にシリウスがあります。

別に星座の名前でなくて、概念の呼び方ね。同じ呼び方だから何らかの関係はあるのだろうと思うけど。

プレアデスはおそらく3次元4次元、シリウスが5次元だね。

私たちは5次元の方向に向かって進化しているのだけど、その進化にはさらに低次元のスマルの作用が必要で、

でも、そういう仕組みに気づかないままスマルに引っ張られすぎるプレアデスの進化が進まず、

スマル=虚無に飲み込まれる。。。みたいな。

スマルってのは、私たちのこの3次元世界がさらに高次元の投影であることに気づかず、

リアルだと思い込んでいる物質に足を取られてしまう方向性を持ってる。

だから、最初に戻ると思考が力を持つっていうのは、もっと高位次元の智慧のようなレベルの話であって、

私たちの投影世界の中でエゴ的な思考が魔術的に物を生み出すマトリックスの話じゃないってこと。

でも、もうそういうのが横行しちゃってるわけ、引き寄せの法則とか言っちゃって。

そっち方向に向かうと、みんなどんどんスマルに引っ張られる。

もちろん、現実も体験する必要があるからあるわけで、悪いものじゃないのだけど、

「これは投影としての虚像、幻想なんだ」って見破って、幻想から目覚めていかないと本来的な進化に向かわないってことなの。

映画を映画だと思わず、これこそリアルだ!ってずーーーーっと映画館の中にいる。

それがスマルの方向性だね。

物質、つまりこの3次元的世界こそがリアルだと思い込んでしまう認識様式を変えていかなきゃいけない。

Facebookではいろいろシェアしたんだけど、昨日ダイアログインザダークという全くの暗闇を体験するというイベントに参加してきたんですよ。

生まれつき全盲の人がガイドをしてくれながら、6人のパーティで真っ暗闇を白杖だけで進んでいくという内容。

私は目が見えないのはすごく楽しくて、好奇心を掻き立てられて、いろんな探索ができました。

面白いもので、空間認知を音でしようとするからか、左耳が活性したりね。

真っ暗闇でビールを注いで飲んだり、いろんな味のおつみまみを食べたり。。。

で、いろいろと体験をするわけなんですが、光のある世界に戻ってきたらね、世界がつぶつぶに見えるんですよ。

普段からそういうことはあるんだけど、なおさらツブツブw

古いブラウン管のテレビを見ているようなざらざら感。

あ、やっぱ、この世界って映像なんだなーって直観的に感じた瞬間でした。

そしてね、私がこの暗闇で体験したのは、目が見えている世界を基準としたものであって、

生まれた時から全盲の彼女の世界とはまるで違うのだろうということを悟りました。

主観的な体験がきっとまるで違うゲシュタルトを様しているのだろうって。

ということは(と端折りすぎですが)、今私が見ている世界は実は如何様にでも形を変え得るんだなって。

意識が変わることで、感覚が変容する。

今回は感覚を変容させることで、ちょっとばかし意識にひらめきがあったって感じですけど、

でも、本来はやっぱり意識が先に変わっていく。

うーん、いや、意識が変わる様な出来事が起きていくんでしょう、オリオンからの創造のエネルギーによって。

そこに繋がっていられたら、私たちの意識は変容し、感覚が変わり、生きる次元が変わっていく。

いや、こうやって書くと変だなw

生きる次元ってそもそも意識の次元のことだもんねwww

あ、でね、今朝、2年前の投稿が上がってきてそれもシェアしたんです。

===

2年前の投稿より。

「人生で大事なことは一つしかない。」と男はつづけました。

「それは、何か成功すること、ひとかどのものになること、たくさんのものを手に入れることだ。

 他の人より成功し、えらくなり、金持ちになった人間には、そのほかのもの-友情だの、愛だの、名誉だの、

 そんなものはなにもかも、ひとりでに集まってくるものだ。

 きみはさっき、友だちが好きだと言ったね。ひとつそのことを、冷静に考えてみようじゃないか。」

     モモより灰色の男のセリフ

そう、外の世界に左右されるところで生きてると

自分の純粋な欲求を忘れて外側との対象の世界(二元性)からくる比較の世界での二次的な欲求で生きちゃうんだよね。

その二次的な欲求が、灰色の男たちがいう「だいじなこと」。

でも、騙されちゃいけない。

僕らの本質、心意、深意、真意、神意は、そこじゃないところにある。

現象している時空間のある領域を超えた、さらに奥にあるところ。そこを観る。

目先の二極性の比較の世界を超えないとだね。

===

 

これがまさに創造の源からやってくる欲求に従うか、物質に魅入られたエゴが引き寄せたがる様な欲求に従うかの違い。

エンデもすごいいいよ。

もしね、貴方が誰かについてスピとか目に見えない世界のことを学んでいたら、

自分の先生がこのことを理解しているか確認してほしい。

 

その人のフェイズによっては、目先のこととして、自分を大事にして好きなことをして満たしてね☆とかいうかもしれないけど、

本当にわかっている人ならそのあともちゃんと導いてくれるから大丈夫。

あ、導くって言っても、あれよ、誰かがなんとかしてくれる!とかとは違うよwww

最終的には自分が気付いていくんだけどさ、、、ガイドは必要なこともあるから。

私はそのガイドの一つとしてヌーソロジーを学んでいるし(完全独学だけど)、シュタイナーも読むし、kan.さんだったり、羽龍先生だったりから勝手に学ばせてもらってる。ま、あとは自然の草花かな。

弟子入りとか全然してないけどね。なんかに通ったりしてないけどね。

こだわりは手放していく必要があるけど、こだわりを手放したからといって、

いえーい、なんでもいいやー!きゃっほー!

とかなるんじゃないのですw

 

こだわりを手放すからこそ、いろいろ見えてくる。

いろいろなものの違いがわかる様になってくる。

そこに良い悪いのジャッジは挟まずに、ありのままに見えるようになってくるってこと。

すごく難しいかもしれないけど、興味があったらいろいろ読んだり観たりしてみてください。

ヌーソロジーね。

ヌーソロジーもだけど、私が普段扱ってる分野はスピリチュアルだと思ってなくて、いわゆるメタフィジックス=形而上学だと思ってます。

バシャールの本でニューメタフィジックスってのがあるけど、メタフィジックスとフィジックスが合流しつつあって、それをニューメタフィジックスと呼んでいる感じ。

ヌーソロジーもそんな感じです。物理とか数学がわからないと嫌になっちゃうかもだけど、
読めるところだけでも読むといいよ。

そして、自分の意識を変容させていってほしいなと思っています。

あんまりヌーソロジーのこととか書いてこなかったけど、やっぱり書いてみないと自分のものにならないんだよね。

って、今回はあんまりヌーソロジーのこと書いてないけどww

おぼろげなところもたくさんあるし、ヌーソロジー的にはそうじゃないよ!ってこともあるかもしれないけれど、

それは今の私の理解が進むためには必要なミスだからお許しください。

そう、私はいつでもこうして変化してきたの。

インプット&アウトプット、体験&インプット&アウトプット、体験&インプット&アウトプット、体験&インプット&アウトプット、体験・・・

変化の方向が進化の方であれば良いのだけど。。。

今日のところは以上です☆

 

あ、最後になんかこれ引用しておこう。

半田さんの言葉。

私たちが歴史と呼んできたもの、弁証法的運動のもとに絶えず止揚されてきた出来事の進化、民族対立や階級闘争の歴史は、ある意味においては〈闇の中の闇〉と〈闇の中の光〉との闘争に過ぎなかったのかも知れない。
つまり、プレアデスがプレアデス自身の中で自己完結を果たしていくための葛藤に過ぎなかったということなのだろう。
「闇の光から離れよ」とはヘルメス文書にある勧告だが、その意味は、この世で光と見えるものさえ、宇宙的真理から見れば闇の一部に過ぎないことを意味している。

 

 

 

 


カテゴリー: true nature, スピリチュアル, 宇宙の真理, 本質を生きる, 自分探し, 雑感 | タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , | 投稿日: | 投稿者:

片岡 ひろ子 について

1973年栃木県生まれ、さいたま市育ち。 早大心理学専修卒業後、NOVA、楽天で営業、新規事業立ち上げ、マーケティング、コンサルティング、人事総務管理職経験を経て、出産に伴い退職。 自身の体調不良を機に代替療法、ヒーリング、エネルギーワーク、ボディワーク各種を学び、2008年量子の世界に目覚め「真の自分に還る旅をサポートする True Seeds」を開業。 開業後、企業内で専属カウンセラー・セラピストとして活動する傍ら、個人セッションではこれまでに数千人を解放に導く。セミナー、ワークショップの開催多数。 2011年、4年間の学びと臨床経験の集大成として波動調整(R)を創始、プラクティショナーを多数輩出。愛と自由とワクワクへのガイド!としてセッションや講座、イベントを通じ、本質の自分を生きるためのサポートを全国各地で行ってきた。 得意分野は、人間関係全般(親子、夫婦、恋愛、職場etc.)、健康問題、自分らしく働くことなど。 カタリスト=触媒としてカタルシスをもたらし、本質に還るサポートを行うかたわら、起業家のコンサルティングなども行ってきたが、本質の豊かさを手にしたことによりセミリタイア。 現在は家族との日常生活を満喫し、趣味の園芸やアクアリウムに精を出す日々を送っている。 TrueSeeds 主宰 Lovearth オーガナイザー 自分マスター道場 主宰 要望があればパーソナルコンサルティングとして誰にも相談できない深い悩み、ごく個人的な問題、どんな内容でもお引き受けいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です