カルマってなんだよ!?その1

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ごきげんよう☆

世界にカタルシスをもたらすカタリスト=触媒☆片岡ひろ子です。

今日はいつにも増してぶっちゃけます。

 

『現と夢の往来。行き交う途中で、居た堪れない過去ども此処に消えろ。』

そんな感じで夕方は生きているような死んでいるような感じで現と夢を行ったり来たり。

その中で反吐がでそうな自分のカルマを横目に、拒絶したいけれど、どうにもそこにあって削ぐことなんてできないんじゃないかという疑いの中で微睡み、、、

なんとか現の方に戻ってまいりました。

 

とは、昨日のFacebook投稿。。。

カルマ、カルマ、カルマ。。。

yumeziのせい!でw、頭の中にカルマという言葉がこだまして、ついには夢の中でカルマについてブログを書くということに相成りました。

そして、こうして実際に現の中でも執筆するという。。。

これまでの私個人のスタンスは、こんな感じ。

 

カルマの法則というのは確かにある。

あるけれど、なんかスピっぽい=ある種の宗教っぽい響きがあるし、なんでもかんでもカルマやら過去生のせいにして今ここにある目の前の現実に向かい合わず、なんとかヒーリングとかに逃げるのはどうよ?と思うので、あえてカルマという言葉は使わない。

未完了の感情と観念システムの複合体のようなものとして、カルマという言葉は使わない。

未完了の感情というのは、言葉のまんま。湧いてきたけれど、その感情を感じることに拒否抵抗をして抑圧し、身体やエネルギー体の中に焼き付けたまま(DVDに情報を”焼く”みたいな…)になっている状態というか。

その感情エネルギーが自分の発する波動になるから、それに引き合う現実が創造され、感情を味わい切って過ぎ去らせるまで出来事=ドラマは繰り返される。

観念システムっていうのは、まー、観念やら信念やら、自分が「そうだ!」と思い込んでいるプログラムのこと。

親や地域や社会やらのスーパーエゴからプログラムされ、そう教わったから。。。と単にその観念を正しいと思い込んでいることもあるし、先に触れた未完了の感情を隠し通すためあーじゃないこーじゃない正当化するための偽の論理だったりもする。

いずれにしても、本当の自分に気づかないように、カルマの存在があることすらバレないように壮大なシステムが張り巡らされているんですよね。ちょっとやそっとじゃ、それがトリックだということに気づかないようになっているんです。

で、そんな未完了の感情や観念システムが現世だけでなく、横軸に展開されている様々な輪廻転生の中で魂に刻まれてきていて、私たちは顕在意識では気づかぬままにそれに操られて人生を送っていくということになっているようです。

でも、何のために輪廻転生しているかというと、そのカルマを解消するため=本当の自分に還るためであってね、人生の中には、ちゃーんとカルマ解消のための舞台は用意されているのだろうと思うのです。

ここからは個人的なぶっちゃけです。

今現在、反吐が出そうだと思っているものはね、ケチ(もったいないという思い)とか人を責める気持ちとか、私ばっかり損という被害者意識。

それがすごーく深いところに横たわってこびりついていて、思い返せば私の人生は長いことそれに操られてきたように思えます。

一言にすると「物質世界に制限されている不自由な思い」なのかなぁ。。。

限られた資源の中でなんとかして生きないといけないという思い、うーん、きっとどこかで無念な思いをし、それを握りしめたままいるような感じというか。なんか、そんな無念さのようなものがこびりついている感じなのです。

でもね、その思いから作られる私というパーソナリティは、今でこそ反吐が出ますが、この社会においては真っ当なものなんですよ。

ケチなおかげで、効率を重視することができて、仕事も早い、クォリティも高い、人よりも優秀でいることができました。

 

しかも、飛び抜けて。

 

頑張ってそうしている意識もなく、できるのが当たり前。。。そんな感じです。今思えば、過去世でもいろいろ鍛えてきたんでしょうねwww。だから、大方のことは人並み以上のレベルでこなせます。生得的にね。

何の気なしに受けた全国模試で偏差値78でしたから。世の人はそんなにアホなのかと驚いたのが小学6年の時のこと。特に勉強とかしてなくてですよ。

そんな感じで、周りの人がアホに見え、何かしら足りない人に思えていました。仕事が遅い人や、気が回らない人、無駄が多い人、自主的に動けない人、筋道立てて考えられない人。。。

 

いつもイライラしていました。

優秀というレッテルを貼られはしても、そんな苦痛と常に隣り合わせで生きてきたんです。

でも、仕事、ビジネスをしている時はね、「それが正しい」し、「より良い」んですよ。だって、求められている結果が出せますから。

苦痛以外の何物でもない優秀さが実は苦痛だったのです。苦痛であることを今の今まで見逃して生きてきました。この苦痛は私のせいではなくて、相手のせいだと。

私が周りの人に対してイライラする苦痛を正当化してやり過ごしてきたのです。

それがトリックだとは気づかずにここまで来てしまいました。

苦しいことをやめるよりも、正しさを握りしめたままきてしまったというかね。

 

波動調整(R)やらのセッションをしている間はね、そんな自分から離れられました。だって、ノージャッジ、ノーマインドで相手を受容するっていう設計をしているから。

でも、一度ビジネスの現場や日常に戻ればそうはいきません。

部下や同僚の動きは全部目に入ります。

動きが遅かったり、しかるべき対応ができていなければ「なにやってんだよ、ボケ!」くらいの念を飛ばしていました。

 

そう、そして、特に目上の人!私より給料もらってるのに意味がわからん!って部下や同僚に対してよりも厳しい目で見ていました、いつだって。

それで、結局自分が一人で手を回して疲弊して、「私ばっかり。。。」と被害者意識にたどり着くということに。。。

特に会社員時代はそれが全開だったし、そうしてこそ会社では出世しましたしね。

その後、出産で会社を辞め、子育てや体調不良の中で、私の人生って一体なんなんだろう?という思いから本当の自分に還る道を歩み始めた時、セラピストやヒーラーとして本質を語りつつも根底にはカルマが横たわっています。

自分をマスターして自由自在に人生をと言いつつ、不自由さと無念、怒り、悲しみを抱えたエネルギーが自分を制御していたのです。

でもね、長いことごまかしてきました。相手のせいにしながらね。

外の世界は自分の投影ですよと話しながら、自分のことは棚にあげられるんですよ、自我やらカルマやらの巧みなトリックにかかるとね。

あいつが仕事しない、話聞かない、やる気がない、効率が悪い、わかってない、向かい合わない、頭が悪い、学ばない、、、

他人を責める想念で溢れかえっていました、私の内側が。

感謝なんて湧きようがないですよ、こんな状態じゃ。

でもね、気づかないんです、自分のことは。。。本当に気づかない。

今となっては、そんな自分に反吐が出そうになりながら、自分の内側にあったものと対峙し続けています。

まだ完全に削げてないからね。自分の一部のようになってしまっているから。

yumeziに、それ全部ひろ子さんじゃないから2ミリ離れて見ておいてと言われ、そんな想念が出てきたらそれを見ている毎日です。

きついですよー、本当にwwww

あ、でも、それを観照している意識もあるので、面白いといえば面白いんだけど。

だから、こうして書いているわけで。

シュタイナーがね、境界の小守護者と呼んでいるものがあるのだけど、高次の世界に向かっていくときに必ず出会うんだそうで、それは実は自分自身の姿なのです。

大概は向かい合いたくもないような化け物の体だそうでね、みんな恐れおののくんだって。。。

私は今のところ霊視はできないのでそういう姿は見えませんが、今向かい合ってる自分だと思い込んできた存在といったら、そりゃもう、化け物です!反吐が出そうなくらいだからwww

そういうものがねあたかも自分かのようにして、日常的に同伴してるんだもん、キツイです。

その境界の小守護者の姿を見たものは、それを浄めていくための段階に入るんだそうです。どう浄めるのかって、そりゃ、自分の想念に気付いて見守って手放すしかないよね。

そして、その境界の小守護者が浄められたのちには境界の大守護者がやってきて。。。

まー、とにかく、私はこれまでずっと私を操っていたいわゆるカルマの正体を掴み(多分)、でも、それが今は自分の中に入り込んでしまっているから、日常のいろいろな場面で反応してしまうのを認識し、反吐が出そうになりながら、横にそれをおいておくということを繰り返している状態なのです。

そのカルマがこびり付いたままでは、本当の私ではない。

カルマはカルマで存在ではないから。

いつでも全ては完璧なのかもしれないけど、でも、やっぱり偽物のままでは嫌だ。勘違いしたままでは嫌なのです。

本当の自分とか本質の私とか求めてきたことは間違いじゃないし、求めなければ、今ここの私はいなかっただろうと思うのです。

このままでは嫌だ。私は本当の私に還るのだ。という確固たる意志が私の中にはあります。

で、このカルマというものについていろいろ考察があるので、そこも書こうと思います。

つづく。。。

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カテゴリー: スピリチュアル, 自分探し, 雑感 | タグ: , , , , , , , | 投稿日: | 投稿者:

片岡 ひろ子 について

1973年栃木県生まれ、さいたま市育ち。 早大心理学専修卒業後、NOVA、楽天で営業、新規事業立ち上げ、マーケティング、コンサルティング、人事総務管理職経験を経て、出産に伴い退職。 自身の体調不良を機に代替療法、ヒーリング、エネルギーワーク、ボディワーク各種を学び、2008年量子の世界に目覚め「真の自分に還る旅をサポートする True Seeds」を開業。 開業後、上場企業内で専属カウンセラー・セラピストとして活動する傍ら、個人セッションではこれまでに数千人を解放に導く。セミナー、ワークショップの開催多数。 2011年、それまでの学びと臨床経験の集大成として波動調整(R)を創始。講座、セミナー、イベントを通じ、本質の自分に還るためのサポートを全国各地で行ってきた。 カタリスト=触媒としてカタルシスをもたらし、本質に還るサポートを行うかたわら、起業家のコンサルティングなども行ってきたが、より深く内なる本質と繋がるためにセミリタイア。現在は家族との日常生活を満喫し、趣味の園芸やアクアリウムに精を出す日々を送っている。 現在、徐々に現場に復帰。セミナーや座談会などを通し、必要な人へ必要な情報が届く様、活動再開。 TrueSeeds 主宰 自分マスター道場 主宰

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